Going My Way

私は誰にも理解されない本の虫。

Ban Bossy

響き合う生命

今日12月11日は、私にとってかけがえのない日だ。

大親友が生まれた日。

彼女が歳を重ねる日。

そして私が彼女とご両親に感謝する日。

生まれてきてくれてありがとう。

育ててくれてありがとう。

そんな気持ちでいっぱいになる。

頻繁に会わなくても、連絡を取らなくても、いつも刺激をもらう。

今まで出会った人の中で最も純粋な人。

最も綺麗な心を持っている人。

そして燦然と輝く大きな原石を持っている人。

知性と人間性を併せ持った人は少ない。

いずれかを持っているか、またはいずれも持っていないか。

大多数はそのどちらかなのだ。

悲しい真実である。

しかし彼女は今、必死に知性を磨いている。

その磨き上げた知性と人間性が合致する時、どんな人になるのだろう。

親友として、一人の社会へ貢献する者として、楽しみで仕方ない。

音を立てて成長しゆく親友の姿に触発を受けながら、負けじと前へゆく。

驀進する戦友を隣に見ながら、自分の「今」を考える。

そのくり返し。

Ubi amīcī ibidem sunt opēs.

友のいるところ、そこに富がある。

プラウトゥスの喜劇『トゥルクレントゥス』にある言葉。

世間が私を私として見ない中、一人の人間として接してくれた。

皆が私にくれる望まない「特別」を忘れさせてくれた。

喜びに満ちた日、怒りに震えた日、悲しみに暮れた日、楽しみに心躍らせた日、すべての青春の一章一章に彼女の存在があった。

私は人と違う。

常に頭の中が響めいている。

常に構想が渦巻いている。

私自身が考えているのか、それとも考えさせられているのか、未だにわからない。

物心ついた時からそれを自覚していた。

それ故、誰にも理解されず孤独だった。

そんな私に心から信頼を寄せられる初めての友人ができた。

そこで私は「安心」というものを知った。

「安らぎ」というものを知った。

二股のようかに見えたそれぞれの道は、やがてまたひとつになるようだ。

人は望まずして、その人の歩むべき道を歩まされる。

「運命」ではなく「使命」。

時にはそれが途轍もなく重く伸し掛かり辛いこともあるけれど、友情はその茨の道の伴侶となる。

今はやがてひとつになりゆく道を焦らずゆっくりと踏みしめながら進むのみ。

この世に二つとない響き合う生命を大切にしながら。

雨ニモマケズ風ニモマケズ雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ慾ハナク決シテ瞋ラズイツモシヅカニワラッテヰル一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベアラユルコトヲジブンヲカンジョウニ入レズニヨクミキキシワカリソシテワスレズ野原ノ松ノ林ノ蔭ノ小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ東ニ病気ノコドモアレバ行ッテ看病シテヤリ西ニツカレタ母アレバ行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ南ニ死ニサウナ人アレバ行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ北ニケンクヮヤソショウガアレバツマラナイカラヤメロトイヒヒデリノトキハナミダヲナガシサムサノナツハオロオロアルキミンナニデクノボートヨバレホメラレモセズクニモサレズサウイフモノニワタシハナリタイ雨にも負けず風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫なからだをもち慾はなく決して怒らずいつも静かに笑っている一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べあらゆることを自分を勘定に入れずによく見聞きし分かりそして忘れず野原の松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいて東に病気の子供あれば行って看病してやり西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといい日照りの時は涙を流し寒さの夏はおろおろ歩きみんなにでくのぼーと呼ばれ褒められもせず苦にもされずそういうものにわたしはなりたい宮沢賢治

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

雨にも負けず
風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち
慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
わたしはなりたい

宮沢賢治

(Source: izzyismyname, via thetides)

本の虫の夢とささやかな信念

いっそ図書館の隣に部屋を借りて暮らそう。
一生懸命働いて、支援もしながらこつこつとお金を貯めて自分の図書館を建てよう。
そこで思う存分本に囲まれながら暮らそう。
一生懸命研究して、一生のうちに達成しなければならない構想を順番に実現しながら少しずつ施設を充実させよう。
宝の持ち腐れはだめだから、一般開放していろんな人と共に研鑽しながら暮らそう。

構想は無限大に、希望は宇宙大に広がる。
そんな夢を膨らませながらでないと乗り越えられない現実の壁がここに。
成長のチャンスが次々とやって来た。
今日もまた友人の幸せのために努力しよう。
どんな障害をもってしても心だけは束縛できない。
I am the captain of my soul.

かけがえのないもの

私にとって本は、ただの印字された紙なんかじゃない。

苦労を分かち合ってくれた、孤独を癒してくれた大切な存在なのだ。

誰にも理解されない辛さを和らげてくれた、時空を超えて先哲たちと対話させてくれたかけがえのない存在なのだ。

時として言葉は、人を他の誰にも踏み込めない光と闇の両方へ誘う。

時として一冊の本は、人の人生を瞬く間に変える。

時として思想は、どんな闇をも寄せ付けない希望となる。

つまり世の中のどんな富よりも、権力よりも、兵器よりも、強烈な威力を発揮するものは、他でもない言葉であり、本であり、思想である。

私は生涯、この最も崇高な「世の中の真理を詰め込んだもの」を片時も離さず抱き続けるだろう。

たとえ「人」が私を理解しなくても、

たとえ「人」が私と同じ道を歩まなくても、

気にすることはない。

今までと変わりなく、ただ黙々と前へ歩を進めるのみ。

過去の哲学者が囁く。

「希望は人の中に宿るが、人が希望そのものではないのだ」と。

我が道をゆく

「我が道をゆく」というと、ほとんどの人は「勝手気ままに生きる」ことのように解釈している気がする。

実際そんな生き方をしてみると案外つらいことのほうが多い。

皆と同じように生きることが望まれる日本という国で、”異端児”でいることはどれほど労力がいるんだろう。

小さい頃から、人と考え方が違うと言われ続けた。

少しばかりアブノーマルな人間でも打たれる社会を幼い身で痛感した。

何て偏狭な国なんだろうと。

息苦しさは今も変わらないかもしれない。

「人と違う生き方をするということは、それだけ苦労を伴う。」

両親が言ったこの言葉が脳裏を離れることはない。

でも自分の下した決断に寸分の後悔もない。

それだけ全力で生きているから。

でももし今と違う道を選んでいたとしても、私はまた最善の努力をしていたと思う。

結局、人は自分の選んだ道を最高のものにする努力をくり返すものなんだ。

“やめてくれ、誠実なもの同士の出会いに
妨げがあるなんて思わせないでくれ。
相手の心変わりを見つけたから自分も変わる、
相手が移り気だから自分もつられて気移りする、そんなのは愛じゃない。
断じて違う。愛は嵐のただ中にあっても
微動だにせず海を見守る灯台だ。
愛は迷える船の北斗星だ。
たとえ高さは測れても、その恵みの大きさは計り知れない。
愛は時の笑いものではない--バラ色の唇や頬は
やがて時の大鎌の餌食になるとしても。
愛はうつろいやすい時とともに変わったりはしない。
最後の審判までどんな苦難も耐えぬくのだ。
これがまちがいであり、証明されうるというなら
私は詩を書いたことも、ひとを愛したこともなかったことになる。”

—   ソネット116, シェイクスピア

“Let me not to the marriage of true minds
Admit impediments, love is not love
Which alters when it alteration finds,
Or bends with the remover to remove.
O no, it is an ever-fixed mark
That looks on tempests and is never shaken;
It is the star to every wand’ring bark,
Whose worth’s unknown, although his height be taken.
Love’s not Time’s fool, though rosy lips and cheeks
Within his bending sickle’s compass come,
Love alters not with his brief hours and weeks,
But bears it out even to the edge of doom:
  If this be error and upon me proved,
  I never writ, nor no man ever loved.”

—   Sonnet 116, William Shakespeare